蛭子能収の息子は一寸法師?嫁は?娘は越後屋って?

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テレビのバラエティ番組などでも良く目にする事のある蛭子能収さんですが、本業は漫画家さんなんですよ。

ご存知でしたか?

そんな蛭子さんの息子さんが一寸法師と言われていたり、娘さんが越後屋と言われています。

気になる話題を見ていきましょう。

 

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蛭子能収さんとは?

引用元:http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/1…

生年月日:1947年10月21日
出身地:熊本県牛深市(現天草市)
血液型O型
趣味映画鑑賞
職業:漫画家、タレント、エッセイスト、映画監督…などなど、
身長:170cm
体重:79kg
最終学歴:長崎市立長崎商業高校卒業
事務所:ファザーズコーポレーション所属

息子さんが1人、娘さんが2人います。

 

1973年の26歳の時に投稿した漫画誌『月刊漫画ガロ』で見事に入選し漫画家デビューしましたが、なんと当時原稿料はゼロだったそうです。

しかも締め切りもなかったとの事で、自然と年1回くらいしか描かなくなり、そして当時アルバイトで働いていたダスキンで正社員として働く事になりました。

漫画から遠ざかっていた蛭子さんですが、ある出来事がきっかけで、漫画家に復帰する事が出来ます。

 

そのきっかけをくれたのは、自動販売機だけで売る『Jam』への掲載でした。

 

1979年に『Jam』で漫画家としての基盤を築く事が出来た蛭子さんは、「『Jam』をきっかけに他の雑誌からも依頼が来るようになって今がある。だから、恩義を感じているんです。」とおっしゃっています。

 

その後、1987年に劇団「東京乾電池」での舞台出演を果たし、芸能活動も開始します。

 

蛭子さんは、現在ではバラエティ番組などを中心に活躍している姿を見る事が多く、タレントとさんかと思う方も多いですが、実は元々漫画家さんなのです。

 

いつも笑顔の印象が強い蛭子さんですが、漫画を書いているときは真剣なようですよ。

 

娘さんは越後屋?

引用元:http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/1…

蛭子さんの娘さんである、蛭子希和さんは蛭子能収さんの娘として芸能活動をなさっています。

希和さんを見た視聴者からは、「蛭子能収さんの娘さんなのに、なんであんなに綺麗なんだ?」と話題になりました^^;

希和さんは、現在の奥さんの連れ子だそうですよ。

 

また、蛭子能収さんは希和さんの事を、自身のブログの中で「越後屋」と呼んでいるんです。

越後屋と聞くと、お代官様と共に、なにやら悪巧みしていそうなイメージがありますが、いつも数々のおねだりをしてくる希和さんのことを、蛭子能収さんは「越後屋」と呼んでいるそうなんです。

娘さんとの仲は、非常に仲の良いそうですよ。

 

息子さんは?

引用元:http://lifep01.com/48.html

蛭子能収さんの前妻との息子さんで、長男でもあるのが、蛭子一郎さんです。

1974年生まれです。

父親の蛭子能収さんとそっくりな顔をされており、一度で顔を覚えて貰えそうですね。

職業はゲームの音楽を作曲するサウンドデザイナーとして、活躍されています。

 

蛭子さんご本人は、息子の蛭子一郎さんがどんな仕事をしているのかを理解しておらず、あまり関心もないそうなんです。

放任主義なんですね。

こんなところも蛭子さんらしいといえばらしい感じがしますね。

 

また、お孫さんも沢山いるそうで、いつもおねだりされるとおもちゃを買っているとのこと。

蛭子さんもお孫さんにはデレデレのようですね。

 

息子さんは一寸法師?

引用元:http://entajima.com/archives/140

auのCM(三太郎シリーズ)で、その姿が明らかとなった『一寸法師』ですが、実は俳優の前野朋哉さんが『一寸法師』を演じていることが明らかになりました。

 

名前:前野朋哉(まえのともや)
生年月日:1986年1月14日
出身地:岡山県倉敷市
出身校:岡山県立倉敷天城高等学校、大阪芸術大学芸術学部映像学科
身長:168cm
体重:65kg
血液型:B型
職業:俳優、映画監督
趣味:音楽鑑賞(HIP-HOP)
特技:卓球
所属:ブレス・チャベス

 

前野さんは、大学在学中から映画の製作に携わり、「剥き出しにっぽん」(石井裕也監督)にも出演しています。

 

元々は監督志望だったそうですが、自分の作品に出演してくれる役者さんが見つからなかった事から、自ら脇役などで出演を繰り返す内に徐々に俳優として志すようになったそうです。

しかし、映画監督という夢を捨てきれず、ご自身でも映画監督としても活躍し、自らの監督作品である『ショッキングピンク』(大阪芸術大学卒業制作)や『脚の生えたおたまじゃくし』(ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2010審査員特別賞&シネガー賞W受賞)では監督兼、主演俳優も演じました。

 

また、『桐島、部活やめるってよ』や『図書館戦争』、『大人ドロップ』などの話題作にも出演し、活躍しています。

数々の脇役をこなし、下積みを積んでいく中で、実力を認められ、最近では恋愛モノなどにも良く出演されています。

 

そして、前野さんは2014年に放送された「金スマ」の再現ドラマ内で、なんと蛭子さんの役を演じています。

映画、『日々ロック』でも共演しており、あまりのそっくりぶりに「親子では?」「蛭子さんの息子が一寸法師!?」と言われるようになりました。

 

お嫁さんは?

引用元:http://entajima.com/archives/140

自由奔放な発言や行動などで、バラエティを中心に人気な蛭子さん。

実は、結婚を2回されています。

最初の奥様とは2001年に死別されています。

前の奥様との間には子供が2人いて、息子と娘に恵まれています。

 

長女が誕生した1972年に結婚しています。

その後は1974年に長男である、一郎さんが誕生。

 

蛭子さんの前の奥様は、貴美子さんという方で、蛭子さんが高校時代によく通っていた画材屋の娘さんなんだそうです。

 

蛭子さんが24歳になった頃に、貴美子さんがお姉さんが上京する際に、東京へやって来たそうで、それまでも1年も文通が続いていたそうです。

その後、なんと数回のデートで「俺と同棲しない?」と遠回しのプロポーズをしたそうです。

2人の仲はとても良く、お互いを「おぬし」と呼び合っていたそうです。

貴美子さんは、ボロアパートでの貧乏生活の中でも、マンガ家を目指す蛭子を支え続けたそうです。

 

蛭子さんも見事に成功し、幸せな日常を送っていたところ、1999年5月に貴美子さんを突如異変が襲います。

貴美子さんは台所で吐血し、突然倒れます。

病院へと運び込まれましたが、検査の結果、なんと食道除脈流、子宮筋腫、脾臓の腫れなど様々な病気が判明します。
 
そして、その2年後の2001年5月に貴美子さんは他界してしまいます。

 

この時のことについて蛭子さんは、

「30年連れ添った妻の死は、まるで自分の中の一部がもぎ取られるようなとてつもない喪失感でした。」

とおっしゃっています。

葬式で喪主席に座った蛭子さんは、式の最初から最後まで終始泣き通したようです。

また、

「妻の死で、初めてとてつもない孤独感を覚えました。子供は2人いますが、子供たちと一緒にいても寂しさはなくなりません。妻が僕にとって大事な存在で、どれだけ精神的に依存していたかを思い知りました。」

ともおっしゃっており、蛭子さんにとって、貴美子さんの存在の大きさを物語っております。

 

そして、2003年4月に雑誌・女性自身が企画したお見合いパーティーにて、19歳年下の現在の奥さんと知り合ったそうです。

一般の方なので、公開はされていませんが、どうやら現在の妻はハリセンボン近藤春菜に似ているそうです。
 
「死んだ妻もきっと同意してくれると思い、アクティブに再婚相手を探しました。再婚して、とてつもない孤独から立ち直ることができました。」

と、蛭子さんの再起のきっかけになりました。

 

まとめ

今回は、蛭子さんの息子さんが一寸法師や、娘さんが越後屋などの面白い話題や、お嫁さんのお話まで、色々とみてきました。

前の奥様である貴美子さんが亡くなってからは、元気の無かった蛭子さんですが、今では新しい奥様や娘さんにも囲まれて、幸せそうですね。

天国の貴美子さんも、きっと喜んでいるのではないでしょうか。

今後も蛭子さんご一家の活躍に注目ですね。

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