マザーテレサとは?簡単にどんな人物?名言や生涯は?本名や聖人認定など

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マザーテレサ—インド・カルカッタの貧困地帯で、宗教にこだわることなく、貧困や病に苦しむ人々に分け隔てなく献身的に奉仕した修道女・聖女と呼ばれていた女性の生涯をたどってみましょう。

 

マザーテレサとは?本名は?

マザー・テレサ(Saint Mother Teresa of Calcutta, 1910年8月26日 – 1997年9月5日)
本名:アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ(Agnes Gonxha Bojaxhiu)
教派:カトリック教会

1910年8月26日、オスマン帝国・現マケドニアに生まれる
幼少期の一家は裕福で両親は信仰心に篤く、貧しい人への奉仕を積極的に行っていた。
そんな家庭環境にあったからか、幼い時から「修道女として働きたい」という希望が芽生えていた。

 

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1928年(18歳)、アイルランドの修道院ロレト修道女会に入会。
_わずか数カ月後にはインドに渡る。
1929年~1947年、カルカッタの聖マリア学院で地理や歴史を教える。
1948年、「貧しい人々のために奉仕せよ」
との神からの啓示を受けたとして奉仕活動を開始、
1950年、修道会「神の愛の宣教者会」を設立。

 

どんな人物か簡単に説明すると?

1948年から、広く行われるキッカケとなる奉仕活動として、聖マリア学院時代の教え子たちによるボランティアの助けもあって、
学校に行く事が出来ないホームレスや貧困の子供たちに無料で授業するなどの慈善活動をしている。

1950年以降、インド政府の協力で廃寺院を譲り受けたテレサは「死を待つ人々の家」というホスピスを開設。
これ以降、ホスピスや児童養護施設を次々に開設していく。

これら多くの慈善活動を手掛けていたことを耳にした、マルコム・マガリッジ氏が中絶反対派でカトリック右派の彼女に共鳴して
1968年にロンドンで彼女と面会して、翌1969年に英BBCによるドキュメンタリー映画を製作され、またコダック社も彼女を宣伝に使
ったことから、マザーテレサの素顔が一気に世界中に知れ渡ったのです。

活動の評価は数々の賞や称号が授与されています。
1971年、ヨハネ23世教皇平和賞(教皇・パウロ6世が制定した勲章の最初の受章者)
1971年、ケネディー賞
1973年、テンプルトン賞
1975年、アルベルト・シュバイツアー賞
1979年、ノーベル平和賞
1980年、バーラト・ラトナ賞(インドで国民に与えられる最高の賞)
1983年、優秀修道会賞(エリザベス2世から)
1985年、アメリカ合衆国大統領自由勲章
1996年、アメリカ名誉市民(アメリカ名誉市民は彼女を含め7人のみ)
1997年、議会名誉黄金勲章

いずれの授賞式の際にもマザーテレサは着飾った正装ではなく、普段と同じ白いサリーと皮のサンダルという粗末な衣装で出席して
いた。

書籍・ドキュメンタリー映画『すばらしいことを神様のために』(Something Beautiful for God)

参考 ~オリビア・ハッセー主演映画~
「マザー・テレサ」https://www.youtube.com/watch?v=9lhbG__pKR0)

 

言葉、名言は?

授賞式の際および賞金を受け取る時には、
「私のための晩餐会は不要です。その費用はどうか貧しい人々のためにお使い下さい」
「このお金でいくつのパンが買えますか」
と、このような言葉を残したといわれています。。。。

常々に愛情が必要だと説いてきたマザーテレサの名言をいくつかご紹介しておきますね!

人を批評していると、人を愛する時間がなくなります。
(If you judge people, you have no time to love them.)

いつもお互いに笑顔で会うことにしましょう。笑顔は愛の始まりですから。
(Let us always meet each other with smile, for the smile is the beginning of love.)

愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。
(Love is doing small things with great love.)

愛に対する飢えの方が、パンに対する飢えを取り除くことよりも、はるかに難しいのです。
(The hunger for love is much more difficult to remove than the hunger for bread.)

リーダーを待つのはおよしなさい。一人で、人から人へと行えばいいのです。
(Do not wait for leaders; do it alone, person to person.)

世界平和のためにできることですか? 家に帰って家族を愛してあげてください。
(What can you do to promote world peace?  Go home and love your family.)

—(引用元:http://iyashitour.com/archives/21434)

 

どんな生涯?

1919年、マザー9歳の時、アルバニアの独立運動に精を出していた父親が急死します。
人間の憎しみ合いによって愛する父が奪われたことは、幼い少女の心に深い傷を残します。
そしてより一層信仰に救いを求めるようになっていき、
カトリックの聖人 アッシジの聖フランシスコの生涯が書かれた一冊の本との出会いと、
何年にも渡り熱心に通い続けていた教会で、宣教師たちが海を越えインドで活躍していることを、神父から教えられました。
当時のインドは、大英帝国イギリスの植民地だったことから多数の困窮者たちでいっぱいでした。

ついにマザーテレサはインドに行き、聖フランシスコがそうであったように人を救いたい一心で、二度と家族に会えない運命である
修道女の道を選んだのです。

1928年12月、18歳のマザーはインド・カルカッタへと旅立ちます。
インドに来て18年目に彼女の生活環境が一変することになります。

1946年8月16日、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒との対立で起きたカルカッタでの大暴動です。
無残な死体の山を見て、今こそ人びとを救う使命を全うする時だと悟り、マザーは修道院外での救済活動に身を投じます。
1948年8月、マザーは修道服を脱ぎ、インドの民衆服である質素な白い木綿のサリーを着たのでした。

貧しい人達の救済のために貧民街で有名なスラム街にいきました。
青空教室で貧困の子供たちに最低限の教育を教えたり、
病院に受け入れてもらえず助けてくれない行き倒れの人を救う施設
『死を待つ人々の家』や、
『シシュ・ババン 子どもの家』という施設を作りました。
さまざまな事情で親に見離された子供たちや路上生活者らを保護し育てる活動などを積極的に進めて行きました。

時にはコレラで倒れたヒンズー教の僧の死を自ら看取ったこともあります。

1982年、ベイルートでは、イスラエル軍とパレスチナの戦闘員の間に立ち停戦をまとめた武勇伝もあります。

1997年9月5日死去(87歳で亡くなった)
1997年9月13日、インドで国葬が行われました。
(国家元首や首相など地位有る立場の要人でもない異例の国葬でした。)

 

本のおすすめや、子供向けは?

マザー・テレサは、30年以上にわたりインドに住む貧しい人たちのために、救いと愛の手をさしのべてきました。
この地道な慈善活動に対して、1979年にはノーベル平和賞がおくられました。
マザー・テレサは、日本にも3回来日しています。
全世界の人々へ、貧しい人たちへの愛を説くことで、平和と豊かさの存在に気づかせてくれました。

そんな「愛」にあふれたおすすめの本を数冊紹介します。

マザー・テレサのまんが版の伝記


「マザー・テレサ―貧しい人のために生涯をささげる聖女 」
(学習漫画 世界の伝記) 単行本

小学生向けの伝記小説本
「マザー=テレサ―ノーベル平和賞に輝く聖女」
(講談社 火の鳥伝記文庫) 新書

 

「マザー・テレサ 愛に生きる―めぐまれない人びとにささげる一生 」
(くもんノンフィクション・愛のシリーズ (4)) 単行本

 

「マザーテレサ 来て、わたしの光になりなさい!」
Mother Teresa (原著),‎ ブライアン コロディエチュック (編集),‎
初めて公開された私的書簡。あの、ほほ笑みのかげにマザーテレサの闇と苦悩が記されている。

 

聖人に認定?

 

2016年、マザー・テレサ、9月に聖人へ認定するとローマ法王が発表しました。

マザー・テレサは、その生涯において、そして今もなお、世界で最も有名な人々のうちの一人である。

2002年、教皇ヨハネ・パウロ2世は彼女を「福者」と列福しました。
~これはある若いインド人の女性の腫瘍を治療するという、マザーテレサが行った奇跡~
マザー・テレサへ祈ったインド人女性の腹部の腫瘍が消えたことを奇跡と認められたことが理由でした。

2015年には教皇フランシスコが、
~複数の脳腫瘍を持つブラジル人男性を彼女が奇跡的に治療した~
男性の妻がマザー・テレサへ祈ったことで腫瘍が消えたとして生涯2つ目の奇跡を認めます。
2つも奇跡を起こしたことは「聖人」であると宣言されたのです。

2015年末、当時のローマ法王により2つの奇跡が認められたマザー・テレサは「聖人」として認定されました。
亡くなって18年の歳月に渡りなお、功績は称えられていたのです。
(列聖・聖人と称されるのは、普通50~100年以上も後のことだそうです。)

ところがこの<19年という 異例の早さ>が、引き金の一つになったのか、
”マザー”に対して否定的な声が上がり始めたことも事実です。

・マザー・テレサは聖女ではなかった—!
・偽善者だった—!
・詐欺師だ!

などと言われはじめ「洗脳看護」「カルト施設」だとの声が上がっているのも事実です。

2013年頃からその黒い噂は流れ出しました。
カナダのとある2大学の研究者らによると、世界100カ国にあるとされるマザーテレサの施設『死を待つ人々の家』の内部は衛生状態
がかなり劣悪で、食事も医薬品も満足にそろわず適切な治療が施せなかったと報告したのです。

慈善団体の会計処理に不透明な点を指摘する声もあがったようです。

また認定された『必須条件の2つの奇跡』について、
奇跡とされた病人の治癒は「現代医療によるものでは」と、疑問の声もあるという。
インドの女性に関しては女性の夫はもちろん、担当医は女性が薬による治療で回復したと証言しているとのことです。

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こうした批判的意見も出ている一方で、いまもなおマザー・テレサの活動は世界中に広がりを続けており、アフリカを始め、アメリカ大陸、オーストラリアや、香港・ロシアなどにも彼女の慈善団体の支部が置かれていることも事実なのです。

どう言われようと変えることの出来ない事実は、慈善団体を広めて貧しい人への愛情と奉仕を積極的に生涯を捧げた偉大な人物であったことだといえることでしょう。

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